しずおか文化のページ伊豆文学賞第3回開催結果→優秀賞

第3回伊豆文学賞

優秀賞受賞作品

『豆州測量始末』 山上藤悟

 深い霧の中に雨が降っている。日が落ちてから落ちだした雨だった。木々の葉を打つ音に交じって微かに潮騒が聞こえていた。
 伊助は、網元の家で行われた寄り合いの帰りだった。菅笠の縁からは、しずくが滴り始めたが、まだ体を濡らすほどではない。視界は効かなかったが、目をつぶってでも帰ることができるところまで来ていた。伊助は、春に所帯を持ったばかりだった。
 林を抜ければ家である。
 不意に黒い影が霧の中から現れた。
 侍。
 伊助の足が驚いたように止まる。それは一瞬だった。笠に手を伸ばし、顔を隠すように俯けると、脇に寄った伊助の前を足早に過ぎて、霧の中に消えた。
 こんな時間。こんな場所。
 不審は、不安となって、胸に広がった。足が速くなる。霧の中に明かりが見えた。戸が開いているのだ。伊助は走り出した。
「みつ、帰ったぞ。…!」
 戸口に着くなり、伊助は、棒を飲んだように立ち竦んだ。
「みつ!!」
 みつは土間に仰向けに倒れていた。首が不自然に竈に向かって捩れ、目は虚空を見つめている。みつの着物の前がはだけられ、広げられた下肢が、そこで何があったかを物語っていた。

 韮山代官江川太郎左衛門が、幕府より、豆相総房四ヵ国の海辺巡視を命じられたのは、天保九年(一八三八)のことである。この時、江川太郎左衛門は三十七才。坦庵と号していた。
 ここ数年来、ロシア・イギリス・アメリカなど列強の船が近海に次々に姿を見せ、幕府に通商を求めていた。一八三七年十月にはアメリカのモリソン号が浦賀に入港し、浦賀奉行がこれに砲撃を加えるという事件が起こっている。モリソン号はその後薩摩に向かい薩摩湾でも砲撃されていた。
 この頃になってようやく、幕府も沿岸防備の必要性を認めるようになっていた。
 十二月、坦庵は今回の巡視の責任者である目付鳥居耀蔵に挨拶をするため江戸に向かった。供は、書役の吉田源一郎一人である。
「よく参られた」
 役宅を訪れた坦庵と源一郎は、鳥居耀蔵に迎えられた。
 鳥居耀蔵は幕府儒官林述斎の二男として生まれ、後に旗元鳥居一学の養子になった。中奥番士、徒頭と進み、先年の大塩平八郎の乱の処理を目付として任されるなど、その才は目を見張るものがあり、時の老中水野忠邦の懐刀として恐れられてもいた。
「この度は、お役目ご苦労に存ずる。他の地はともかく相模と伊豆については、江川殿にいろいろ教えて頂かなくてはならん。よしなに頼む」と年下の坦庵に向かって鳥居は如才なく頭を下げたが、その声音にも所作にも、才気と自信が溢れていた。
「とんでも御座いません。若輩者故よしなにお引き回しのこと、お願いいたします」
 坦庵の挨拶に鳥居は鷹揚に頷き、
「坦庵殿も承知の如く、ここ数年来諸外国の船が頻繁に沿岸に姿を現すようになり、わが国を脅かすようになったが、防備がやや心もとない。それ故、この度の巡視は、防備という観点で回る必要がある」
「尤もなことで御座います」
「たやすく外国の船が立ち寄らぬよう、沿岸の地形だけでなく、砲台の設置場所等も考え、測量をしていこうと考えているが…」
「心得ました」
 坦庵は外国船の打ち払い令については疑問を持っている。だが、今はそれを言うべきではない。
「それで、いつこちらをお発ちになりますか」「うむ、始末をせねばならぬことも多いのでな。おそらくは年明けとなるだろう。出立の日はおって知らせるとしよう」
「それでは一度韮山に帰りまして、準備をいたします」
「うむ、頼むぞ」
 鳥居は言い、坦庵の後ろに控えている源一郎に目を移すと、
「吉田源一郎と言ったな。なかなか逞しげな若者であるが、なにかやっておるのか」と聞いた。
 源一郎の身分では、目付に直接答えることはできない。代わって坦庵が、
「恐れ入ります。この者、書役ではありますが、一年ほど練兵館で修行をいたしておりますので、多少はものの役には立つかと思いまして引き連れております」
「ほう、それは頼もしい。確か坦庵殿も神道無念流の免許をお持ちとか。やはり練兵館で修行を」
「いや、私は撃剣館です。弥九郎殿とは同門になります」  邦次郎(坦庵の幼名)が岡田十松の撃剣館道場に入門したのは、十七の時だった。三年で免許になっている。この時稽古相手をつとめたのが斉藤弥九郎だった。斉藤弥九郎は二十九才で練兵館道場を開いている。
 この時、隣の座敷に、一人の男が入ってくると、平伏した。鳥居は、その男に、
「こちらに来るように」と命じ、坦庵に、
「紹介しよう」と言った。
 男が、鳥居と坦庵の間に座るのを待って、「この男、朽木策之進と言う」
 策之進は坦庵に向かい僅かに辞儀をした。 体躯はがっしりとしていたが、色が白く細い目と薄い唇がどうかすると冷酷な印象を感じさせた。
「供の一人に加えようと思っている」
 鳥居は続けて、
「この男も腕はなかなかのもので、浅蜊河岸で免許を取っておる」
「では鏡新明智流の」
 坦庵が尋ねると、策之進は微かに頷いたが、それは傲慢とも見える態度だった。
「まあ腕は立つが、用心棒として連れていく訳ではない。策之進は、蝦夷地巡検の折、測量方の助手を勤めたことがあってな、こ度の測量において大いにその力を発揮してもらう積もりでおる」
「それは心強いことで御座います」
 坦庵は頷くと、
「私のほうでも多少測量に長けた者の心積もりも御座いますので、その者も連れていこうと思っております」
「それは一向に構わん。共に力を合わせていけばよい。策之進、それでよいな」
「分かりました」
 策之進は深く頭を下げ、
「しかし、あくまで私が責任を持つということにして頂けぬと」
「それは分かっておる。こ度の海辺巡視もこの鳥居が正任である故、お前が測量の責任者であることは間違いない」
 鳥居は、坦庵に、
「それでよろしいか」と言った。
 同意を求めているのではなかった。
 坦庵は、
「結構です」と言わざるを得ない。

 坦庵達の宿『いずや』は、両国橋のたもとにあった。先代は下田の出身で、父英毅の頃から定宿となっていた。
 坦庵は、宿に入ると、着替えもせずに文机に向かい、一通の書状を書き上げると、源一郎を呼んだ。
「この書状を九段の斉藤弥九郎殿に届けてもらいたい」と言い、
「お前は、朽木策之進という男、どう見た」と問うた。
 源一郎は、暫くためらった後、
「測量術については分かりませぬが、士学館で免許の腕となれば剣は確かなものだと思います」
 桃井春蔵の鏡新明智流士学館は、斉藤弥九郎の神道無念流練兵館、千葉周作の北辰一刀流玄武館とともに江戸三大道場と人々に口に上っていた。
「しかし」と源一郎は続けた。
「傲りが顔に出ているようでどうも私は好きになれませぬ」
「うむ。それは共に仕事をしてみれば分かるであろう。
 私が気になるのは、あの男の測量術だ。以前、蝦夷巡検の際作られた図面を見たことがあったが、ひどく杜撰なものであった。おもに道線法(距離と方角で測っていく古来からの方法)を用いたと思われるが、あれではものの役には立たぬ」
 坦庵は、曾て間宮林蔵より、測量術を学んだ経験があった。策之進の測量術は今では古すぎる。
「この手紙は、弥九郎殿に、西洋式の測量術に通じた人物を推挙してもらうようお願いするものだ。弥九郎殿は交遊が広い。おそらくよい人材を推挙してくれるだろう」
 坦庵と斉藤弥九郎の親交は、撃剣館道場で共に修行して以来続いていた。その縁で、弥九郎は韮山代官江戸詰手代として、坦庵の相談役ともなっている。弥九郎は武だけの人物ではない。儒学、兵学、西洋砲術にも優れ、渡辺華山(三州田原三宅候江戸家老)、藤田東湖(水戸藩士)、橋本左内(福井藩・明道館学監)、頼三樹三郎、高野長英、二宮尊徳など当時の錚々たる人物と交流があった。

 手紙を受取った弥九郎は、早速渡辺華山に相談すると、華山は高野長英に話を通じ長英の門生で内田彌太郎、奥村喜三郎の二人を伊豆へ送ることを手紙で、坦庵に約した。
 奥村は、増上寺御霊屋付代官で西洋式の測量術に深く通じ、内田は、伊賀組同心で測量に不可欠な数学の才があった。

 坦庵はその報に接すると、早速江戸の鳥居に許可を求めたが、返事は、内田彌太郎はともかく、奥村喜三郎は認められぬ、という意外なものだった。
「なぜです」
 これを聞いた源一郎が、坦庵に尋ねると、坦庵は、苦笑しながら、
「奥村の身分が問題なんだそうだ。いかにも鳥居殿らしい」
「どういうことですか」
「奥村は寺侍だ。測量術に長けているとはいえ、幕府の役人が、寺侍の元で公務を執行するのは前例がないという」
「はあ、前例ですか」
「馬鹿なことさ。そんなことを言っておるから諸外国に後れを取るのだ」
「どうなさいます」
「やむをえん。始まる前からごたごたは起こしたくない。こ度の巡検は是が非でもやり遂げねばならん。ここは我慢するしかないだろう」

 その旨をしたため、弥九郎の元へ届けた後、数日をして、内田彌太郎が韮山に到着した。供は一人、内田彌太郎は、屋敷を兼ねる韮山代官所の座敷で坦庵に到着の挨拶をすると、「共に参りましたのは従僕ではありませぬ。実は、私と同じように高野長英先生の門生で、田原藩士、上田喜作と申します」
 上田喜作は、坦庵の前に膝を進めると、改めて深く頭を下げた。
「上田喜作です。長英先生より、江川殿のお手伝いをするよう申しつかりました。よろしくお願いいたします」
「田原藩というと渡辺華山殿のご家中か」
「はい。ご家老からも、よろしくとのご口上でした。先日のご書状でご家老も心配され、奥村喜三郎の代わりに行けと申されたのです」 上田喜作の後を引き取るように、彌太郎が、「西洋式測量術に関しては、この上田も奥村と同じように学んでいますので、十分お役に立つと思います。ただ江川様にご迷惑がかからぬよう、巡視の折は、私の従僕として行動します」
 彌太郎の言葉に、坦庵は、
「かたじけない」と言い、
「不満だろうが、堪えてくれ」と頭を下げた。

 担庵等一行が、江戸を出立したのは、明けて天保十年一月十日のことだった。
 正任目付鳥居耀蔵、徒目付加藤鎌蔵、徒目付小菅幸三郎、小人目付新井林之助、朽木策之進他。
 副任韮山代官江川太郎左衛門、手代中村清八、手代松岡正平、内田彌太郎他。
 このほかにそれぞれが従僕を連れていたが、その中に、従僕に扮した上田喜作もいた。さらに、人足十数名、馬四頭の一行である。
 巡視は相模、房総、伊豆の順で行われる。 担庵は、出立に先立ち、立ち寄る各村々に対して、宿と食事の手配をするよう触れを回したが、その際、食事は一汁一菜にするなど、無用な出費を押さえるよう固く念を押していた。
 にも拘らず、房総の宿場村々の役人の中には、酒席を設けたりするところがあった。担庵等、韮山代官所の者は、それらの席には出ることはなかったが、中には、金品や女をあてがう役人もいて、鳥居達はそれを受け入れていた。
 そんなことが続いたある日、担庵は、思い切って鳥居に話を持ち出した。
「今回の巡視においては、予め、無用な供応はせぬよう触れを出してあります。それを守らぬ役人達も不届きではありますが、受ける方にもそれなりの心構えがあってしかるべきとは思いますが」
 担庵の言葉に鳥居は、
「そう堅苦しく考えずともよいのではないかな。一同、昼間の巡視で疲れもあろう。夕食の前に酒の一本くらいは認めても障りはなかろう」と、担庵をいなすように笑みを浮かべた。
「しかし、我々は公儀御用で来ております。やはり、断るべきでは」
「だからこそ、好意は受けねばならないとは思われぬか。あまり、しゃちほこばっていては、民心は掴めぬぞ」
「お言葉ですが、民心を掴むには土地の者の話を聞くことが大切で、酒を飲むことではありませぬ」
「酒も時には必要よ」
 鳥居は苛立ちを押さえるように言った。  担庵は次第に気持ちが激していくのを感じていた。
 父英毅以来、民のために、殖産と飢餓救援のため低利の貸付をしたり、豪農から米を放出させたりと、さまざまな政策を実行してきた担庵としては、鳥居の言動は納得いくものではなかった。
「しかし、酒一本のことではありません。女の世話や金品など、まるで賄賂です。お目付ともあろうお方が、それでは示しがつかぬのではありませぬか」
 担庵の言葉に鳥居の顔色が変わった。
「担庵殿、ちと言葉が過ぎるのではないか。好意を受けることと賄賂の違いについてはだいぶ考えに隔たりがあるようだ。
 韮山の者が私や私の手の者と行動を共にしない場合もあるということは、大目に見よう。だが、はっきりさせておくが、こ度の巡視は、この私が正任であるということだ」
 鳥居は、そう言うと憤然と席を立った。担庵は動かない。言い過ぎたという思いと、これでいいという思いが交錯していた。
 が、この日を境に、鳥居と担庵の間にどこかよそよそしい微妙な空気が流れ出していた。そしてそれは耀蔵配下と韮山の者の間にも隙間を作っていき、測量においても朽木策之進と内田彌太郎・上田喜作の確執として表れていった。
 一行が熱海に入ったのは、二月十六日のことである。
 担庵は、自らの支配地にたいして、この数日前に改めて触れを出していた。

       覺
 先達而相触置候、此度御備場就御用ニ御目付、御代官其外一同、當廿五日小田原宿泊リニ而海岸之通、其筋村々廻村之積ニ付、別紙休泊割ニ而相心得諸事先達而相触候通リ無差支様可取計候、尤、聢と致候日限ハ先触ニ而可相心得候、此廻状刻付ヲ以、順達從留村附添手代ニ可相返候  以上
 ニ月廿三日
           韮山代官所判

 一行は、伊豆半島を右回りに、網代村、和田村、八幡野村、稲取村、下田町と泊まりを重ねながら、精力的に測量を続けていった。測量が順調に進められたのは好天という条件もあったが、朽木策之進と内田彌太郎・上田喜作の確執が、互いに負けまいとする競争心のようなものを生んだせいもあった。
 また、房州の地で見られたような酒食の供応が皆無ということも、理由の一つに挙げられるのかもしれない。鳥居をはじめ、江戸から来た者には不満かもしれなかったが、要求する訳にはいかなかった。
 供応無用という韮山代官所の触れが相模と伊豆において守られたのは、この両地とも古くから韮山代官の支配地として、厳しい取締りを受けてきたということもあったが、代官である担庵の徳を人々が深く慕っていたことが大きかった。

 それが起こったのは今井浜でのことだった。浜の一角にある入り組んだ地形の距離を測ろうと、策之進は麻の間尺を用意するよう従僕に命じ、自ら先頭に立って張り始めた。
 この時、内田彌太郎は、所用で居ない。
「朽木様」
 綱を張る位置を指図している策之進の後ろから上田喜作が声を掛けた。
「…」
 振り返った策之進に、上田喜作は、
「ここは、鉄縄を使ったほうがいいのではないでしょうか」と控えめに進言した。
「何だと」
 策之進の顔が険しくなった。
「喜作、今、何と言った」
 喜作は、策之進の怒りを含んだ語調に、言わねばよかったという悔悟の思いを直ぐに湧かせたが、それも一瞬だった。従僕に扮しているとはいえ、上田喜作は田原藩士である。武士の意地があった。そして測量術についての自負もある。
「潮で間尺が濡れ、伸びが出るおそれがあります」
 喜作は臆せず言った。
 その態度が策之進の怒りに火を付けた。
「貴様!下郎の分際で武士に指図するか!」 以前から、内田彌太郎と喜作は測量の場において幾度となく話し込むことが多かったが、そのことが策之進の勘に触っていた。従来の方位と間尺を使う測量術と彌太郎達の象限儀(恒星の高度を測定し、緯度を算定する道具)や弯か羅鍼を使用する進んだ測量術の差が策之進の焦りと嫉妬を募らせたこともその因かもしれない。
「そんなつもりはありません。しかし、策之進様。鉄縄の方が正確です」
「黙れ!」
 既に策之進の右手が、刀の柄にかかっていた。
「許せん!叩き斬ってやる!」
「…」
 喜作は擦り足で下がると身構えた。腰には小刀がある。その動きに、策之進は、
「おもしろい。貴様、多少は剣を学んだことがあるようだな」と言い、
「抜いてみろ」と一歩前に出た。
 間尺を張っていた策之進の郎党や人足が固唾を飲んで遠巻きに事の成り行きを見守っているが止める気はないようだった。韮山の者に対する敵愾心は家来達にもあった。
 生憎、担庵と耀蔵は下田奉行の役宅に行っていて居ない。
 策之進は冷笑を浮かべると、さらに歩を進める。
「どうした、喜作。その刀は飾りか」
 喜作の手が刀に掛かりかけて止まる。羅鍼への影響を防ぐため刀身は竹光だった。抜いても役には立たない。また、腕では策之進の敵ではないことも分かっていた。藩道場に通ったこともあったが、結局目録止りだった。鏡新明智流の免許を持つ策之進とは天と地の開きがある。
「臆したか、喜作。下郎ゆえ腰抜けとは思ったが、ならば、そんな飾りは捨ててしまえ」 腰抜けという言葉に、喜作の顔が紅潮した。武士として耐えられる暴言ではない。知らず、柄を握っていた。
「朽木様。もういいではないですか」
 二人の間に割って入った者が居た。松岡正平と吉田源一郎だった。
「喜作。お前は下がれ」
 松岡正平は、目で頷くと、
「彌太郎殿がまもなく戻られる。街道まで出迎えてくれ」
 喜作は、自らの軽率を恥じるように松岡に頭を下げると、足早にその場を離れ街道に向かって歩き出していた。
「朽木様」
 松岡正平は、策之進に向かって、
「余計な差しで口とは思いましたが、お役目の最中、刀を抜く抜かないは穏やかではありません」
「なに、あ奴があまりに無礼だったので、脅かしてやっただけさ。大したことはない」
「それならば結構ですが。鳥居様も江川様も留守の折ですから、騒ぎになっては困ります」「そんなことは分かっている。尤も、暫く剣を振っていないのでちょいと抜いてみたかったがな」
 策之進は、そんな言い方をして、松岡にも軽く脅しをかけた。
 松岡は、苦笑し、いなすように、
「私ではお相手できませんが、お望みなら、源一郎に相手をつとめさせましょう」と後ろに立つ源一郎を振り返り、ただし、竹刀でお願いします、と付け加えた。
 策之進は、ちらりと源一郎に目を遣り、鼻白んだような顔になった。
「竹刀などで遊ぶ気はないな」
 策之進は、そう吐き捨てると、間尺を持って波打ち際に立っている人足に、
「何をしている!はやく間尺を張れ!」と大声を出した。

 担庵は、松岡からその日の出来事を聞くと、すぐに、上田喜作と内田彌太郎を呼んだ。
「上田殿。話はこの松岡から聞いた。よく堪えてくれた。礼を言う」と深く頭を下げた。「いえ、私こそ、お役目の大事を忘れ、軽率なことをいたしました。お許しください」
 喜作は、担庵が頭を下げたことに恐縮し、額を畳につけたまま動かない。内田彌太郎もそれに習った。
「顔を上げてくだされ。それでは話ができない」
 担庵は言い、
「武士であるそなたにとっては辛いことであったと思う。だが、暫くは堪えてほしい。策之進の測量図とは別に、こちらの測量図もあわせて幕閣には出すつもりでいる。その折は、そなたの功にはきっと報いることを約束する」「もったいないことで御座います」
 喜作は声を震わせた。
 巡視後、鳥居耀蔵から幕閣に出された海辺測量図は、その後に韮山代官から出された測量図と比べ明らかに劣っていたために使われることなく始末されてしまうことになる。
 一行は、さらに長津呂村、子浦村と回り、再び下田町に戻ってきたのは、三月三日のことだった。残るは、須崎村爪木崎の検分だけである。
 宿所は下田奉行の屋敷だった。人足や従者は、近くの民家に分かれて泊まる。
 その日の食事も一汁一菜のつましいものだったが、だれの顔にも安堵が表れていた。鳥居も上機嫌で、江戸と韮山の対立もこの時ばかりは和らぎ笑い声さえ上がった。
 やがて、食事が終わり、それぞれが、割り当てられた部屋に戻ったのは辺りが暗くなる頃だった。
 源一郎が、外へ出たのは特に理由があるからではない。いつの間に低い雲が垂れこめ、辺りはいっそう暗くなっていた。ぶらぶらと、屋敷前に作られた畑の中の道を拾っていくと古い松があった。その下にたって見上げると空の半分が隠れてしまう。屋敷が建つ前から生えていたと思われるほどの大木だった。寝肩にこれも苔蒸した岩があり、腰を下ろした時、ばらばらと雨が落ちてきた。
 大した雨ではない。
 すぐに止むだろうと、源一郎は気にも留めず、ぼんやりと辺りの景色を眺めていた。目の前の畑が雨に打たれて黒く色が変わっていく。畑の半分ほどは、大根が葉を茂らせていた。海とおぼしき辺りは白く煙り、いつもなら望むことができるはずの大島の影さえなかった。屋敷の裏からは延々と山が続いていたが、これも雲に隠れていた。
 雨は止む様子もなく、降り続いている。
 枝を伝った雨が肩に当たったのを潮に、源一郎は立ち上がった。
 あきらめて、戻ろうとした矢先だった。門から黒い影が出てきた。笠を深く被り、足早に、離れていく。腰に刀を差しているところから、武士とわかるが、屋敷から出てきたことを考えれば巡視の一員に違いない。
 朽木策之進。
 後ろ姿からそんな気がした。考えられないことではない。爪木崎の検分はともかく、巡視は今日で終わったも同然だった。酒でも買いに出たのかもしれなかった。
 担庵殿も今日ばかりは目をつぶるだろう。 源一郎は、頭に手をやると雨の中を走り出した。

 爪木崎の検分は昼前には終わり、門前で戻った担庵を待っていたのは、柿崎の網元勝蔵と若い漁師だった。
 柿崎には三人の網元がいるが、一番多く舟も持ち、浜の総代も務めているのが勝蔵だった。
 勝蔵の気色張った顔つきを見て、担庵は、下田奉行の間瀬郁馬と松岡正平に話を聞いておくように命じた。
 おそらく漁場をめぐっての争いか。
 そう言えば…。
 爪木崎の検分の時に勝蔵とまだ若い漁師の姿を見かけたような気がした。
 間瀬郁馬が担庵の部屋を訪れたのは一刻程後のことだった。後ろに手代の松岡が控える。「女が殺されました」
 間瀬は、何の感情も表さずそう言うと、続けた。担庵も眉一つ動かさない。
「柿崎の漁師伊助の女房です。名前はみつ。乱暴され、首を絞められています」
「確かめたのか」
「今見てきました。殺されたのは、昨夜です」 間瀬は頷き、
「殺ったのは、朽木策之進と思われます」と言った。
「!」
 担庵の表情がわずかに動いたが、言葉は出さない。
「伊助は昨夜寄り合いで夕刻まで勝蔵のところにいました。それが終わって雨の中を帰ったそうです。家まであと少しというところで一人の侍と擦れ違いました。胸騒ぎを感じて駈け戻ると、みつが土間に倒れていたというわけです」
「では、その侍が殺すところを見たわけではないのだな」
「あの時間、雨の中を侍が通るとは思われません。伊助の家までは細い道で、夜ともなれば土地の者でなければ入り込むことはないでしょう。しかも伊助の家で道は途切れています。逆からの道はないのです。伊助が擦れ違ったのなら、伊助の家から来たとしか考えられません」
「なるほど。それも確かめたか」
「確かめました」
 担庵は腕を組むと目を閉じた。
 間瀬は能吏だった。融通が利かないと評判はあったが、奉行としては長所である。
 担庵は、目を開け、腕組みを解くと間瀬を見た。
「その侍が朽木という根拠は」
 おそらく間違いないだろう、と思いながら問うた。
「伊助は、我にかえると勝蔵の元に駆け込んだそうです。勝蔵は直ぐに漁師を集めると、下田街道をはじめとして、浜伝いの道までも、伊助が見た侍を捜させたそうですが、そんな侍はどこにもいません」
「残るは我々の中ということか」
 担庵が呻くように言った。間瀬が、
「巡視のことは勝蔵を含めて下田の主立った者は皆知っています。そこで、勝蔵は、届け出る前に、伊助を連れ我々の巡視の様子を見に来たそうです」
 なるほど、それで勝蔵を爪木崎で見かけたのか。 「擦れ違った侍が我々の中にいて、それを伊助が見つけた」と担庵は後を引き取った。
「その通りです。伊助の話から、それが朽木策之進とわかりました」
 それに、と初めて松岡が口を開いた。
「昨夜我々が部屋に戻ったあと、朽木策之進が家を出てどこかへ行くのを、源一郎が見ております」
 確かか、と聞くまでもない。担庵は、暫くして、
「鳥居殿に話さねば」と呟き、間瀬に向かって、
「勝蔵と伊助にはいったん引き取るよう申せ」と、立ち上がっていた。

 文机に向かって手紙を書いていた鳥居耀蔵は、担庵が入ってくると、筆を置き、
「巡視が終わったことを老中の水野様にとりあえずお知らせしようと思ってな。いま、書状をしたためていたところだ」と担庵に向き直った。
「で、話とは?」
 鳥居耀蔵に促され、担庵は、話し始めた。 …
「なるほど、話は分かった」
 鳥居耀蔵は、担庵の話を聞き終えると、
「で、どうするおつもりか」と尋ねた。
「朽木策之進は、鳥居殿の配下の者です。代官所に引き立てる前に、鳥居殿のご許可を戴きたいと思いまして」
「しかし、担庵殿。今の話だけでは、朽木がその女を殺したということにはならぬではないか。たまたまそこに居たということも考えられる」
 鳥居耀蔵は、諭すような口調で、
「単に道に迷っただけかもしれぬではないか」と言った。
「だいいち、その伊助とかの申しじょう、信用がおけるかの。女房を殺され、逆上しておるのではないか。もし見間違いであったなら、ただではすまんことになるが」
 鳥居耀蔵の言葉には、どこか脅しめいたものが感じられた。だが、担庵はひるまなかった。
「そのことは、朽木策之進を詮議すれば分かることです。ご許可願います」
 鳥居耀蔵の目が険しくなった。
「断ると言えば」
「やむを得ません。韮山代官として、策之進は捕縛します」
 担庵は、鳥居耀蔵に挑むかのようにきっぱりと言い、顔を上げた。
「担庵殿。何か考え違いをしているようだの」 鳥居耀蔵は、動じない。
「朽木策之進は幕臣だ。理非があれば目付監察が質す。韮山の出る幕ではない」
「しかし」
 担庵が言いかける押さえ、
「まして、今は海辺巡視という大事なお役目の最中だ。そのような瑣末なことでこの大事を騒がすお積もりか」
 鳥居耀蔵は、これ以上の話は無駄だというように、
「私は忙しい。他に話がなければお引き取り願いたい」と担庵に背を向け筆を取り上げた。 人の死を瑣末とは!  担庵は、ひざの上の置いた拳を強く握りしめ、ふつふつと沸き上がってくる怒りに耐えていた。

 その夜の食事に朽木策之進の姿はなかった。「鳥居殿。朽木策之進の姿が見えませぬが、どうされたかな」
 食事が終わろうとする頃、担庵は何気ない調子で尋ねた。
 鳥居耀蔵は、膳だけが残っている席をちらと見、
「策之進には、水野殿宛の書状をもたせて江戸へ向かわせた」と何食わぬ顔で担庵に向かい、
「巡視も滞り無く終わったのでな。江戸で我々を迎える用意をさせる」と言った。
 末席に居た間瀬の顔色が変わり腰が浮いた。隣に座っていた松岡が間瀬の膝を押さえた。 坦庵は、なるほど、と頷き、それ以上は言う積もりがないようだった。箸を置くと悠々と茶を飲み、間瀬に向かって、何も言うな、とでも言うように僅かに頷いた。
 部屋に戻った坦庵は、間瀬と松岡、それに吉田源一郎を呼んだ。
「鳥井殿は、策之進を逃がすお積もりのようだ。江戸へやってしまえばどのようにでも取り繕うことができるからの」
「しかし、それでは」と間瀬が言いかけると、坦庵は、分かっている、と言うように目で押さえ、
「このままに済ませては、勝蔵も、女房を殺された伊助も得心できるものではない。奉行も代官も、ひいてはお上に対する信頼さえ失ってしまう」
「その通りです。これでは下田奉行として、お役目を勤めていくことはできません」
「だがな、間瀬」
 坦庵は間瀬の高ぶる気持ちを押さえるように、
「鳥井殿が、ああ言った以上、人数を出して策之進を捕縛することは難しくなった。ことが公の場に出れば…」
 坦庵は言葉を切り、ゆっくりと視線を回した。
「鳥居殿は目付として、あらゆる手を打ってくるだろう。まして、鳥居殿の後ろには、老中の水野様が居る。奉行や代官ではとてものことにこれに抗することはできん。朽木策之進を罪に問うことは無理だ」
 間瀬は俯くと唇を噛んだ。
 事の困難さは間瀬自身が幕吏だけに分かっている。目付を相手に無理を通せば、身に災いが降り掛かってくることは十分考えられた。 松岡が膝を進めると、
「しかし、朽木策之進のしたことを見逃がせば、爪木崎の漁師達は二度と奉行所を信じなくなります。爪木崎ばかりではありません。下田の漁師達全てが背を向けるでしょう」と言った。
「その通りだ。それだけは何としても避けねばならん」
 坦庵は頷き、腕を組んだ。
 このままでは、下田奉行所ばかりか、十二万石を所轄する韮山代官の威光は地に落ちる。それは祖父以来民のために尽くしてきた江川の家に泥を塗ることでもあった。
 やがて腕を解いた坦庵は、源一郎に視線を向けた。
「どうだ、源一郎。策之進を斬れるか」
 源一郎は、一瞬の間、考え、
「分かりませぬ。しかし、相討ちを覚悟ならば必ず仕留めます」と言い切った。
 坦庵は、微かに笑い、間瀬に向かって、
「こうするしかないであろう」と言った。
 間瀬は、暫く目を膝に落としていたが、やがて顔を上げ、分かりました、と頭を下げた。「この源一郎の腕は、江戸の斉藤弥九郎殿から太鼓判を押されている。よもや仕損じることはあるまい」と言い、源一郎に、
「策之進は下田街道を行った筈だ。今から追えば、二本杉峠に行くまでには追いつくであろう」
「では、早速に」
 余計なことは一切言わず、源一郎は、坦庵に一礼すると、席を立った。
 坦庵は、それを見送ると、松岡に、
「茶を一杯貰えぬか」と何事もなかったかのように言い、ところで、と間瀬に向き直った。「この始末、網元の勝蔵と女房を殺された伊助とか申す者にきちと話しておくとよい」

 昨夜とは違い、空は残り無く晴れて月明かりが源一郎の影を走らせていた。源一郎にとっては、慣れた道である。策之進との勝負は誰にも見られる訳にはいかない。夜が明ける前に、追いつかねばならなかったし、追いつく自信もあった。時折林の中で獣の目が光るのを認めながら、源一郎は走った。
 狼か山犬か。ついてくるならばそれもいい。 怖いとは思わなかった。
 曾て三島へ出るには、天城峠を越える道しかなかった。しかし天城越えはあまりに険しく、梨本村の板垣仙蔵が文政二年に御禁制の樅の木を切る許可を受け、自費で新道を開いた。これが二本杉峠を越える道である。天城越えは古道として今は使われていない。
 源一郎は、真っ直ぐに二本松峠に向かう。 不意に樹間に揺れる灯りが見えた。源一郎は足を緩めた。静かに間を詰めていく。提灯だった。
 奴だ。
 灯の色に浮かび上がった顔は、紛れもなく朽木策之進のものだった。振り返る事なく歩を進めていた。追っ手が来るとは考えていないだろうが、三島までは、一気に行く積もりらしかった。しかし、足に疲れが見えた。
 源一郎は、気付かれぬように距離を保ちながら後を追った。提灯のあかりは遠くまで届く。見失うおそれは全くなかった。走り続けた疲れは、荒い呼吸が鎮まるにつれ、研ぎ澄まされた緊張感に変わっていくのが分かる。 右と左に天城山と猿山の深い森が続き、街道の上まで伸びた木々が月明かりを時折遮る。 辺りが急に明るくなった。峠に出たのだ。そこだけは周りの木々が切り払われて道が広くなり、樹齢を重ねた二本の杉が、折しも中天に浮かんだ月の青い光を浴びて、白々と闇に梢を伸ばしていた。
 策之進の足が止まった。さすがに、休む気になったらしい。
 源一郎は、止まらない。
 微かな足音に気付いた策之進が首を回す。「朽木策之進」
 歩を進めながら源一郎は、策之進は声を掛けた。
 策之進は提灯を掲げ、源一郎の顔を透かし見てから、灯を吹き消した。月明かりで、互いの姿ははっきりと見分けられる。
 源一郎は、二間の間をおいて足を止めた。同時に剣を青眼につける。
 策之進は柄に手を掛けたまま、左足を僅かに引いた。二人とも無言である。戦う理由もどちらかが死ぬ以外に道は無いことも互いに分かっていた。
 源一郎がゆっくりと前に出る。策之進は動かない。剣はまだ鞘の内にあった。
 策之進の鏡新明智流は戸田流抜刀術の工夫を取り入れている。
 策之進は一撃で勝負は決めるつもりでいるにちがいない。
 遠く狼の吠え声が響く。
 さらに一歩、源一郎が進む。策之進の腰が僅かに沈む。策之進の額に浮いた汗が、目尻を伝い落ちる。
 瞬き。
 源一郎の剣が跳ね上がる。策之進の手が動き、鞘から刃が滑り出た。白光を引いた策之進の剣は、源一郎の脇を擦り抜けた。紙一重の差で向き直った源一郎の脇腹に焼けるような痛みがあった。衣服が血で濡れ、その下の皮膚が浅く切られていた。
「よく躱した。が、次はそうはいかん」
 策之進は、口辺に笑いを浮かべたまま構えを青眼においた。
 源一郎は無言。
 相青眼のままに二人は動かない。月だけが煌々と天空を巡っていく。
 やがて策之進の剣が少しずつ沈み、切っ先が地をさした。誘いである。源一郎は、その誘いに乗り、上段に移した。
 間髪を入れず、策之進の足が踏み出された。源一郎の胸に策之進の剣が迫る。源一郎は僅かに右足を引くと、上がりかけた剣を反転させた。策之進の切っ先は、源一郎の右の肘の肉を削ぎ、頭上で煌いた源一郎の剣は左袈裟掛けに策之進の胴を割り、伸びた左腕をも両断していた。
 声もなく、策之進は自らの影の中に突っ伏した。源一郎は、骸を見下ろしたまま、荒い息をくり返した。策之進の体の下に影とも見紛う黒い染みが広がっていく。勝負は紙一重といえた。追う者と追われる者の気持ちと疲労の差が明暗を分けたにすぎない。
 源一郎は、片袖を引き千切り、肘に強く縛りつけ血を止めた。
 策之進の襟上を掴むと、街道の脇に引きずっていき、そこから肩に担ぎ上げた。森の奥へ入ると、一むらの草の陰に骸を横たえた。
 ここなら街道から見えることはあるまい。 再び街道に出た源一郎は、刀を握ったままの策之進の左腕を拾い、森に投げ込んだ。血の匂いを嗅いで、狼が集まってきているのが気配でわかる。
 源一郎は、すまぬ、と言うように、片手拝みに頭を下げると、歩き出していた。月が源一郎のどこか虚無を感じさせる背を照らしていた。

 朽木策之進の死は、記録にはない。死だけではない。まるで始めから存在していないかのように巡視の記録そのものから朽木策之進の名は抹殺されている。鳥居にとっても坦庵にとっても公にはできない事件であった。
 だが、この後、鳥居と坦庵の対立は決定的になった。
 翌天保十年、渡辺華山(蟄居)、高野長英(永牢)など蘭学者が相次いで捕縛される蛮社の獄が起きるが、それを仕組んだのが鳥居耀蔵だった。この時は、坦庵自身も危うく捕らえられる危機に遭遇している。
 この対立は江戸町奉行であった鳥居耀蔵が天保十二年の八月に辞職するまで続いた。鳥居耀蔵の辞職については、その後ろ盾であった老中水野忠邦が前年に罷免されたことが大きい。
 その後、坦庵は、幕府の海防掛、勘定吟味役となり、品川沖に台場、韮山に大砲鋳造のための反射炉を築き、安政二年一月、江戸屋敷で急死した。享年五十五歳であった。

──了──

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